長高新聞今昔
長高新聞とは…
(回想)
平成八年度委員長
笠井 敬祐
長高新聞が200号を数えると
いう。180号発行時に入学し、
十数枚の新聞発行に立ち会っ
た。一・二年の時はカメラを
持って写真を撮りまくり、よ
く「女のケツばかり追い回す
んじやね-よ!!」などと言わ
れ続けた。まあそれはいいと
して、長高新聞は他の学校の
新開とはひと味違う。「学校
(生徒会)を賛美する新聞」
ではなく、「学校(生徒会)
さえも批判する新聞」である。
その気風は知らず知らずのう
ちになくなってきてしまった
ようだが、それは時代の流れ
で仕方ない面もあるだろう。
さてと、200号を記念して私
のところへ原稿の依頼が来た
ので、せっかくだから新聞編
委員のジンクスを紹介して
おこう。実は新聞編集委員は
週去8年くらいはとんどの委
員が現役で大学へ入学してい
る。いや、ほんとの話なんだ
けどね。今年がどうなるのか
ちょっと楽しみである(爆)。
新聞の有り方
平成十一年度委員長
岩村麻依子
はっきり言って、学校新聞
は一般生徒にとっては影の薄
いものだと思います。和同会
雑誌と大して区別のつかない
方も居られるでしょうが、本
来は全く別個のものです。学
校生活に添えられる一輪の花
(笑)程度の新聞ですが、そ
れは委員の努力と多くの方の
協力によって成り立っていま
す。新聞一枚=およそ1万四
千文字、それを埋めるために
費やされる努力を思うと、発
行したその日に新聞をゴミ箱
に棄てる輩が居るのは実に腹
立たしく、また悲しくなりま
す。
このように生徒の学校新聞
離れが進んでいる現状を目の
あたりにして、ますは読んで
もらえる新聞を作ろうと興味
を引くような記事を中心とし
てさましたが、その為に「批
判もする学校新聞」という性
質が多少変わってきてしまっ
た気もします。時代とともに
移り変わるのが世間の諸相を
映し出す新開の常ではありま
すが、批判精神の伝続を繋げ
るのも大切な役割だったかも
しれません。伝統を踏まえた
発展。それを、今後の長高新
聞に期待したいと思います。
歴史のプレッシヤー
平成十二年委員長
小出真由美
わたしが新聞編集委員会に
入って一番初めにやったこと
は、いままでの長高新聞を読
むことだった。中にはわたし
が生れる前に発行されたもの
もあり、改めて長高の歴史を
感じながら読んだ。有名な長
高OBの名前があって驚いた。
それにしても、先輩方はすご
い。内容も、文章もレベルが
違う。その後参加した新聞の
講習会で他の高校の先生に長
高新開をほめていただいた。
うれしいことだけど、わたし
にとってみれば、プ、プレッ
シャーが……こ。大勢の人に読
んでもらえるような新聞を作
るには、大変な苦労があるこ
とを知った。そして、その苦
労は楽しいということも知っ
た。先輩たちのような記者、
編集者になるにはまだまだだ
けど、一歩一歩進んでいきた
いと思っている。たくさんの
人に迷惑をかけることもある
と思うが、その分いい新聞を
作りたい。わたしの今の目標
は自分の五感で世の中を知る
ことだ。そしてよく考えるこ
と。かたよらずに物事を知っ
ていこうと思う。それを記事
にしていきたい。
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