〜野球部100周年記念〜
夢・伝統・挑戦

これが長高 さわやかナイン! イチ、ニー、サン、シー・ゴー、ロク、シチ、ハチ・・・・・・体操の大きな声、カキーンとグラウンドに響くバットの金属音、バシッとボールがミットにおさまる音、仲間同士のかけ声、必死にボールを追う姿。どんなに暑い夏の日でもどんなに寒い冬の日でも、長高野球部は日々一生懸命に活動しています。そこで、野球部主将の篠田誉君(2−4)に気になる野球部のことについてインタビューしてみました。
−では、初めに部のモットーを教えて下さい。
『うーん、常にグラウンドは歩かず、走り、体を動かし続ける。そして、とにかく声を出し、みんなで元気を出す!ことです。』
[確かに野球部のみなさんは声を出し合っていてとても元気が良かったです。]
−今年の夏は例年より一層暑かったですね。この夏を振り返ってのチームの様子や感想を聞かせて下さい。
『本当に真夏日がずっと続くとても暑い中だったけど、みんなで声を出し合い、励まし合ったおかげで、誰ひとりとして休むこと無く、練習に打ち込むことができたので良かったと思います。みんなよく頑張りました。』
[欠席者0人とはすごいですね。チームの団結力を感じました。]
−チームを指導してくださっている監督の松坂先生について教えて下さい。
『一見厳しそうに見えるのですが、実際の先生はメリハリがあるので、練習も辛いですが、自分たちの力になっているという感じがします。そして、部員のみんなとコミュニケーションをとってくださる本当に尊敬できる先生だと思います。これからもビシビシと僕らを鍛えていってほしいです。』
[チームみんなから尊敬されているすばらしい先生なのですね。]
−今、たくさんの選手が活躍していますが、憧れの野球選手は誰ですか?
『メジャーリーグのマグワイア選手です、今年もたくさんホームランを打ってほしいです。さらに大きな記録を出してほしいと思います。』
[ぜひマグワイア選手には昨年を上回るホームラン記録を出してほしいですね。]
−それでは最後に、これからの目標をお願いします。
『暑い中ですが、強い精神力を持って、チームが一丸となり、一つのことに集中してこの夏を乗り切っていきたいと思います。そして剛健質撲の精神で秋の大会にのぞみたいと思います。精一杯がんばるのでみなさん応援よろしくお願いします。』
[主将中心にまとまっているすばらしいチームでした。秋の大会も、ぜひ活躍してほしいですね。
 次に、監督の松坂先生にお話を伺ってみました。]
松坂監督

−それでは、初めに野球部の雰囲気を教えて下さい。
『すごく元気があるなぁと思いました。挨拶も元気があるので気持ちがいいです。練習熱心なので、とてもいい選手たちです。』
[練習風景を見させていただきましたが、どの選手も炎天下の中汗だくになりながら、必死に練習していました。]
ある夏の日の練習風景−今年のメンバーの様子はどうですか?
『まだまだ力不足な面はあるけれども、すごく元気がいいので、これからどんどん伸びていく可能性を秘めていると思います。今後、期待が持てる選手ばかりです。』
[選手の努力と先生方の指導でぜひ、さらに強いチームになっていってほしいですね。] −次の大会への意気込みを聞かせてください。
『一勝一勝こつこつと勝っていき、とりあえずは県大会に出場したいと思っています。選手と心と力を合わせ、いままでの練習の成果を力一杯発揮して、頑張っていきたいと思います。』
[長高野球部持ち前の元気のよさで、強豪チーム達に勝っていってもらいたいと思います。]
−先生はこの学校の卒業生だそうですが、長高についてお話を聞かせて下さい。
『基本的にはあまり変わっていない気がしますが、今のほうが勉強が大変ではないかと思います。長高生には小さくまとまらないで、大きく夢を持ってほしいです。そして大きくはばたいていってもらいたいですね。』
−では、最後に部員へのメッセージをお願いします。
『今、野球ができる喜びを噛み締めて、青春を完全燃焼してほしいです。今という時は二度と戻らないのだから、後で後悔することのないように野球を楽しんでほしいと思います。』
[之を好むものは、之を楽しむ者に如かず。楽しむことに勝る者はありません。これからも夢に向かって頑張ってください。]


100年の歩み

 創部一〇〇周年を迎えた野球部。創部以来の経歴を紹介しよう。
 一八九九年(明治三二)この年、野球部は創部された。明治三〇年説もあるが、こちらが通説とされている。これ以前から、同好会の形で試合は行われていた。翌年、初の校内野球大会には、山本五十六も3番遊撃手として参加している。
 その後、幾度も試合を重ねて、強化を図ってきたわけだが、対外戦初勝利は、創部二年目、対新潟中だった。(このころは、高等学校ではなく中等学校だった。)一九一八年(大正七)第四回全国中等学校野球大会初出場。とは言っても、シベリア出兵による米騒動が原因で、大会は中止されている。この年以降、第一期黄金時代と称され、四年連続で全国大会に出場した。「北陸の雄」として全国的な評価もされ、「野球名門校」として力を発揮した。第六回の大会では、全国大会で初の一勝をあげ、二回戦出場を果たしている。
 一九四〇年(昭和一五)県下中等学校野球大会優勝。しかし翌年、太平洋戦争が勃発。学生達の活動は戦火のためにしばらく中断された。
 一九七七年(昭和五二)第二期黄金時代が到来する。第五九回全国高校野球選手権予選の北越大会優勝、本大会出場を果たし、実に五六年ぶりに全国大会復活を遂げた。また「五十六」年ぶりという数字から山本五十六が連想され話題を呼んだ。何か、見えない力があったのだろうか。一九七九年(昭和五四)には、第六一回大会に戦後二度目の全国大会出場を果たした。
 大筋の経歴は、以上だ。この戦歴に近い将来、「優勝」の文字を加えるべく、長高野球部は、さらなる躍進を続けるだろう。


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