[向天会/第二号]
 さかだち ( 創刊号、復刻版)
[ 注 ] この「さかだち」は, 昭和27年秋に, 長岡高校体操部員とそのOB達によって発行された部報であり, 創刊号と第2号とで構成されている。ガリ版の原本よりも, 読みやすくし, また, コピーしやすくするために, ワープロで復刻したものである。 原本の判読し難い部分は, 適宜推定あるいはブランクとしている。なお, 手持ちの原本は, 復刻版コピーと共に, 長岡高校の記念資料室に寄贈する予定。
平成8年7月藤原満男
目  次
宿望の県制覇成る
新年度役員改選
Hの運動会に参加か?
校内体操部会開催
体操部の発生と手形発行   大平 存
合宿の思い出  桑原 孝夫
体操部に入部して  一年 井上 孝
・ ・ ・ ・ ・   一年 吉岡 正智
合宿の一日   二年 千国 直則
夏期休暇にあたって  一年 高橋 保夫
300日  藤原 満男
図書案内
今後の寄稿規則
徹夜した朝  丸山 国雄
編集後記  係
連載小説 「母恋鳥」  高野 勝男

宿望の県制覇成る
昭和23年発足以来, 部員宿望の県制覇が, 27年8月30日遂に実現す。
かえり見れば実に4年間黙々と体操に全身を打ち込んで来た幾多の先輩の努力が実を結んだのである。我々現役生もそれを忘れてはならない。それと同時に, 皆んなで喜び度事は, 我が体操部より国体選手を出した事である。発足以来わずか4年で国体選手を出す事は, 高山先輩個人の努力と我が部の団結とが相合致して出来た成果であり, それ以外の何物でもないと固く信じて止まない。
今後この輝かしき金字塔を背負う2年生並びに1年生は先人の業績にさらに倍加する様に努力しなければならない。
−完−
新年度役員改選
去る9月3日水曜日和同会時, 今年度役員と来年度役員の引き継ぎが行われた。
1,2年生の選挙により
 部長 千国直則
 副部長 小坂井昇
 マネージャー 古塩就則
が決定し引き継ぎを行った。現在部員数は, 1年生9名, 2年生6名, 3年生4名、合計19名の所帯である。今後質量共に増加する様に努め長高体操部の名声を県下はもとより広く全国にならす様に全員の今一層の努力を望む次第である。
−完−

Hの運動会に参加か?
来月14日頃に行われる創立50周年記念大運動会に助援参加を   青山先生並びに佐藤先生両人が部宛に頼みに来られた。昨年の事もあるので出来るだけ参加する様にすると回答した。           前後に中間考査があるので一応  なくてはならないと部員の意見が纏まったため, それに今回の     合同で行うためにある程度の合同練習をやらなければならず, 時間が許すか否か問題になった。

校内体操部会開催
今月6日土曜日に校内水泳及び体操部会が開催された。種目は徒手, 鉄棒, マット, 箱で, 徒手は学年体操, マットは各学年により規定を作り実施した。昨年行われなかったので我々部員も少し迷ったけれども, 行って見ると結構上出来であった。参加規定は厳重で若し棄権すると1人につきマイナス7点であるので, あるクラスでは得点がマイナスになった所もある。

体操部の発生と手形発行
大平 存   
昭和23年5月体操部発足第1回目の中越地区大会に出場第3位を得, 自信得た吾等はそれより大いに練習にはげんだ。いつの世にも変わりなく人は互いに手を携え進まねばならないものだ。そこで部員は一様に割手形を発行して親密性を増大した。これは手形をもらった者は皆んな分かっていると思う。この手形あってこそ今日の体操部有りと心から手形に感謝している。手形とはいかなるものか現今の諸子に実際に伝えたいけれども吾れ年老いたりの感強ければ実現空し。いつの世にか又発行の機あらん。

合宿の思い出
桑原 孝夫   
 後しばらくで夏休が始まると, 例年の如くまず合宿練習が行われるであろう。体操部の合宿練習は一昨年から行われ始めた。あの年は, 大平・山本氏を送り出した後, 3年生は, 小川, 小池, 高頭の3氏, 我々2年は7人, 1年が高山等5名で, いつも12, 3人の人数で, 初めは12番, 後に14番( 現107)教室を, ねぐらとして泊まったものだ。始めての合宿のことではあるし, 炊事婦等も雇うと金がかかるだろうと, 自炊にした。3年生は免除( 大いに不服もの) して, 残りで交代に当番を決めて炊事した。床板に柔道部の畳とマットを敷き, その上に毛布にくるまってねた。蚊帳は大塩君がバンとしたのを持って来た。足りない所は私が家の物置の隅に蔵ってあったのを調べもしないで持って来て張ったのだが, 合宿第一夜の真夜中, そちらの蚊帳にねた連中( 主に1年) が皆んな起きてきてパチンパチンやっている。蚊の侵入が物凄くて眠れないのだそうだ。仕方がないので皆んなで大塩君の蚊帳の中に入り込んでねた。朝になって見たら大きな孔がブスブスあいていたのには皆んなで感心し合ったものだ。合宿の真中頃に山本氏が遙々東京から来て2晩ばかり泊ったので我々大いに元気づいた。山本氏が帰った後, 新潟から川田・菊地の両氏をコーチとして呼んだが宿所はどこにしようと考えた挙げ句結局我々と一緒に泊まってもらう事にした。彼等も仲々隅におけない。「発毛届け」「脱皮届け」等の新語は我々を感嘆せしめたものだ。飯も一緒に喰ったのだが, さすがにお菜だけは仕出し屋から取り寄せた。この飯であるが, それ迄は皆良い飯を炊いていたのに, 当番だった佐藤君と俺れとの二人があまり張り切りすぎた為かボロボロになった。それでも青山先生, 佐藤博子嬢も入れて御一同神妙に頂いた。
 川田氏も菊地氏も帰っていよいよ最後の一夜, 連日の猛練習に疲れてぐっすり寝ている我々に眼をつけたのが, 小川・小池の両氏, 真夜中わあわあ騒いでいるので眼を覚ますと, どう言う状態であったか, 諸君の御想像にまかせるとし, 皆んなで起き出して蚊帳の外で大乱闘。井上正夫君が小川氏にアッパーカットを喰わしたり, 我々としては二人を押さえつけてからおもむろにと思ったがそれは不成功だった。しゃくにさわったから小川氏が寝込むのを待って青インクを取り出して    と頬と言わず顔と言わず塗りつけてやった。朝起きて皆なが爆笑したので小川氏は急で洗顔におりて行った。間もなくきれいな顔をして上って来た所を見ると残念ながら簡単に落ちたものらしい。こちらはいつまでも赤チンキの跡が落ちないで困ったのに--- 。
−終−
 紙面の都合上, 残りは省きますから悪しからず。

体操部に入部して
一年 井上 孝   
 自分は本校に入学して和同会活動に体操部を選んだ事を非常に良かったと思っている。自分は元来, 病気はしないけれども強い方ではないので体をきたえる上からも体操が一番良さそうなので, 高橋君と共に入ったのである。幸いにも上級生の人々は, 自分達に対して大変親切で, いつも親身になって自分達を指導してくださるので非常にうれしく思っている。又当部は数多くの優秀の先輩を出すなど和同会中一番環境がよいので後輩の自分達もその点は非常にめぐまれていると言える。又合宿練習もあり, 今後自分達は先輩の期待にそむかぬように一層勉強に運動にしょうじんして立派に先輩のあとをつぎたいと思っている。

 合宿練習というものは自分はこの世に生まれて初めてである。話を聞いてみると猛烈なる練習である事は確からしい。又非常に愉快であることも推察できる。他に色々考えて見ると面白そうなことばかりである。そのためか間近にせまった合宿が一層期待できる。以上のように自分にとって利あることばかりではない。ちょっと気になることは休暇中の宿題が合宿中に出来ない事, 又, オリンピック放送が聞かれない事は残念と思っても仕方なし。しかしそんな事には気にせず上級生である2・3年の良き指導にあり元気一杯精神を集中し自己の身体を練り, この合宿6日間中に大なる美技を得んことを望む我輩である。長高体操部らしい楽しく愉快に真心こめて合宿練習をやろうではないか。

合宿の一日
二年 千国 直則   
 今年も又合宿が始まるので, 去年の合宿練習を思い出すと共に今年の1年生も読むと面白いだろうと思って書いて見た。7月30日から始めると藤原さんから話があった。生まれて始めての事で興味と希望が半々であった。しかしこんなにつらいとは夢にも思わなかった。29・30の両日に渡り必要品万端取り運び30日から練習する事になった。1日目2日目は大したつらさも感じなかったがまだまだ本番に入っていなかったらしい。3日目あたりからいよいよ本式となった。その日の日課を書くと起床の規則は6時半であるがどうしても30分位延長の傾向が多分にある。それから洗顔朝食等で練習開始は9時になる。先ず学年体操をやり肋木柔軟。起きたばかりの柔軟は一番辛い。それが終わるとマット, 2・3年は徒手, 1年は鉄棒, 時間にして1時間半位がマットで後の鉄棒は1時間少しで12時前に午前の部が完了する。それからが我々1年にとって最もいやな時となる。朝飯を食った後の皿洗いである。13人分の茶碗を洗う1年生が4人。それから飯運び。幸い今年は炊事をお婆さんが居って呉れたので良かったもののこれで飯も炊かされようものなら体がいくつあっても足りはしないと思った。それから上級生が体を洗っている間に飯を盛り, 汁を盛りしているうちに体を洗ったものがやって来て, 直ぐに食い始める。盛り代りも又1年生である。しかし肉汁, ライスカレー等美食の時はその限りにあらず, さっさと自分で行って肉を全部あさって来る。性の悪いのはお碗を二つもって行って一つは机の中に隠して居く。だからいくら肉等多くあっても皆が一回盛ると無に等しくなる。喰った後は又そのままである。それを全部集めて, 水飲み場へひやかしに行く。これが終わって3時まで休息である。この休息の時間に昼寝をすれば良いのだが少し------------悪質な悪戯が横行しているのでおちおち寝る事も出来ない。結局レコードを聞いたりトランプをしている者もある。我々1年はこの時間に3年生の腰を揉まされる事もあった。なにはともあれ3時間位直ぐに過ぎてしまう。3時から練習は主に機械類を使用する平行棒, リング, 跳箱等多種多様である。練習始めに皆んなで相撲をやる。こう言う事がチームワークを良くするゆえんであると思う。先づ最初に行く平行棒であるが私はこれが一番辛い。腕の力瘤の裏の辺りの痛い事痛い事言い様がない。その後大好の鉄棒, リングが終り最後が跳箱である。何日目か箱の時, 青空にきれいな飛行機雲が見えた事があった。真青な空に真白な雲は実にきれいだった。練習が全部完るといよいよ馬力である。体操選手に最も大切な馬力がこの過程に於いて養われるのである。十種目位ぶっ続けてやる。その時は先輩が見ていて少しでも怠けると頭にお目玉が飛んで来る。腹筋腕力ジャンプ中でも最後の兎とびが一番足が疲れる。終末体操が済み我々は又中食の時と同じ事をくり返えさねばならない。いよいよ夜の部に入る。夜は疲れているので早く眠ればよいようなものの百ワット一つの元で話に話が咲いてつい時間が過ぎる。あっちの角ではトランプを占って一人微笑している者もあれば, レコードの歌を筆記して居るもの浴衣を着て涼みに行く者ロマンスを読んで居る者, 勉強をやる者将棋をして居るもの, 皆一日の疲れは顔に浮かんでいるものの楽しそうにやっている。10時過ぎに皆んなで蚊帳を張る。教室が広いので二つ張らなけばならない。持参した毛布にくるまる。蚊帳の中でまだ本を読んでいる。誰かがスイッチを切る。暗い蚊帳の中から母校の歌, 覚えたての応援歌, 又流行歌, 若人の歌声はいつ切れる事なく続いて行く。しかし連日の疲れでその内に歌もやがて静かな寝息と変わって行く。これで今日一日も事なく過ぎた。これから結ぶ夢は全国制覇かそれとも大学生の夢か, 日頃の大志が夢となって脳裏をかけめぐる事であろう。田園の蛍光燈がわずかに青い。

夏期休暇にあたって
一年 高橋 保夫   
 我々の待ちに待った夏期休暇がもうすぐ始まろうとしている今日この夏期休暇をどのように有益に過すかはなはだ疑問である。そして自分としては, この休暇に一番大きな行事として行うところの合宿練習は嬉しい様な, やって行けそうもない心細い感じさえ心にもたせる。そして生まれて始めての合宿練習でもある事から自然に熱意が出て来て, 大いに成果を上げる積もりである。そして又此の休暇中に於ける市の諸行事も自分としては大いに見学やら参考にして今後の私生活によい所を取り入れて行こうと思う。この他私には種々の問題やら参考とする事柄があるが, この様に私にとっては大事に過ごさなければならない。休暇であるによって慎重をもって過すことを忘れずに実践にうつしたいと思う。

300日
藤原 満男   
一昨年十一月の県下綜合選手権大会終了後, 水野審判長は講評の中で「諸君は年に少くとも300日以上は練習しなければならない。たとえ短時間でもよいから練習日数を出来るだけ多くするよう心掛けるように------- 」と述べられた事を覚えている。昨年中はこの事を常に念頭において出来る限り努めて来たのだが, しかしこれを実行することは現在の状況に於いては, 一寸むずかしいようだ。まず年に6回考査があるがそのため1回につき考査日も入れて10日間練習を休まねばならぬとすれば6回で60日となり従って年に300日以上練習するには, あとは休みでも何でも, 1日も欠かさずやらねばならなくなって, 少し無理のようだ。けれども僕が体操部に入ってからの2・3年間は大体300日位は練習していたように記憶している。当時は6日制だったので土曜は勿論, 日曜日にも気軽に練習に出て来たもので, 連日ぶっつずけに練習した。( でも週に1回は休養をとった方が能率が上がると思うから, 今から考えると余り賛成でない。) 試験は中間考査が廃止されて, 年に3回となったこともあったし, 夏休みは試合などの関係もあって一週間から十日間位休む程度。冬休みは暮れだから家に居ると邪魔になるとか言って大晦日の前日迄練習し, 年が明けると, 1日か2日間練習初めをやったり, 春休みは気候が練習に最適なので皆勤といったようにとに角練習量は相当なものだ った。そこでこれらのことを考え合わせて, これからは250日を目標にしたらよいと思う。即ち考査に60日, 夏休み・冬休みに各々10日, それにこれらに含まぬ日曜日40日で合計120日, 差引き250日となる。現役諸君の今後の参考になればと思い一言した次第である。

図書案内
 ・最新図解 器械体操( 全二巻) 浜田靖一・竹本正男 著\380
 ・最新図解 マットワークと組体操 栗本義彦・浜田靖一 著\350
 ・( 近刊) 徒手体操 佐々木吉茂・浜田靖一 著
 上記3点何れも良い本である。マットワークなどに於いては珍しい技も出ており, 解説もていねいである。体操部に欲しい本である。山海堂と旺文社からもそれぞれ体操の本が出てはいるが専門的なのとなると矢張り万有社の方が歩がある様だ。 (山本 剛正)

今後の寄稿規則
・先輩 - ハガキ制( 一枚)  内容・字数の制限なし。宛先は, 南蒲原郡見附町本町五区  千国 直則方へ (在校もこれに準ずる。
・次回締切 - 10月5日迄必着

徹夜した朝
丸山 国雄   
 雪が消えかけて来た時        最後の考査が翌日に控えた
 友の下宿で初めて一夜を明かして   家に帰る朝方
 春雨をついて犬の吠え声を聞き    黒じみた雪を踏んで行く
 朝の静寂に             しとしとと細い尾を引いて
 春雨の降る中を家に急ぐ       雪解けに流れる川に
 ポンポンと淡く雨滴が解け込む    睡い眼に春の感触が匂い
 快い春雨の中に浸りながら      静かに流れゆく川面に
 沢山の輪の和合を          見守りながら

編集後記
 山本剛正氏の原稿を紙面の都合により次号にまわした事をお詫び致します。又同時に当号の発刊がおくれました事を心からお詫び致します。   係

連載小説 「母恋鳥」
高野 勝男   
一春の夢
ここは越後の或る田舎。四月の始めともなれば寒い寒い冬も逝き, のどかな陽の光を投げかけて春が訪れて来た。何メートルも降った雪は次々に消え去り, 今は遠い山々に点々と見える。他はどこにも見る事は出来ない。広い広い平野の中に点々と村落は置き離されてあった。ずっと東の方には, 信濃川の土手が長くつらなっており, その上から春の青い空に立ちのぼるカゲロウが見えた。たまにソダをたくさん乗せたトラックが姿を現し又, 村に消えていった。高原義男は春の正午の日の良く当たる家の前の広い, 凅いた, 田に赤く毛並みの良くそろった小牛を引っぱり出していた。

 紙面の都合上次号へ続く。

[向天会/第二号]