向天会(長岡高校体操部OB会)開催報告


(2008.8月27日〜28日)

前列左から、渡邉(27)、桑原(27)、藤原(27)、三宮先生、小川(26)、井上(27)、
中列左から、小林(35)、清水(32)、井上孝(30)、大湊(33)、本間(33)、佐藤(32)、圓山(34)、
後列左から、宮島(36)、川上(32)、         *敬称略、*(  )内は卒業年度、

〈第17回向天会模様〉

 8月27日、28日の両日、湯けむりの里「月夜野上牧温泉 大峰館」にて第17回向天会(総会)が開催されました。
 今年は長岡高校体操部にとって創部60周年の節目の年であり、三宮先生(顧問)、小川会長以下総勢15名、平均年齢72歳の"もとツワモノども"が一同に会しました。
 予定の午後3時、山あいの月がほほ笑む宿「大峰館」の女将さん(長高51年卒の小村さん)が出迎える中、先ずは全員無事に到着。
 部屋割りに沿って部屋に落ち着くや否や、早速大峰館自慢の源泉かけ流しの温泉に浸かって旅の疲れを癒しました。
 疲れを流し去れば当然お決まりのコース、宴会まで待ち切れずに部屋の冷蔵庫から持ち出したビールでグゥイーと一杯が二杯・・・・。
 17時30分、宴会場に全員集まっての集合写真撮影、湯上りのビールが若々しく染め上げた"もとツワモノども"の紅顔の面々、上の写真をご覧あれ!
 17時40分から18時までの20分間、皆様方のご理解を得てお酒の入る前(湯上りのビールで程よく出来上がってはいましたが・・)に総会が行われました。
 議題は2件、幹事グループ責任者より事前に幹事グループで検討した内容の報告があり、参加者全員の了解を得ました。

1. 向天会の今後の運営について
「長岡地区と東京地区が毎年交互に幹事役を担当し、親睦会(総会)を開催する。」従来のやり方にはそろそろ無理があるので、各地区ごとに自由にそして都合の良い時に開催する。
  東京地区は今迄通り2年に1回位のペースで開催し、事前に長岡地区ほか各地区に参加要請の連絡を行う。
2. 向天会の資料の整備について
向天会の親睦活動の資料としては、既に文集『さかだち』や長高体操部ホームページに『親睦会開催報告』を掲載しており、特に資料の整備は行わない。  とは言え「創部60周年の節目の年でもあり、何かしっかり形として残るもの(予算もあり、冊子のような形で)を作るのであればこの際よいチャンスではないのか。」と云うご意見もあったことから、東京地区幹事グループにて再度検討する事となった。

 18時きっかりに、幹事グループ責任者のオープニングコールで本番の親睦会がスタート。
 一等最初の小川会長のご挨拶は予想出来たもののやはりサプライズ、創部60周年のお祝いのお話しの後、おもむろに「会長の責をこの場を以って藤原副会長にバトンタッチしたい。 副会長については桑原副会長、渡邉副会長にそのまま留任願いたい。」旨の同意を求めるお話が有り、全員拍手を以ってそれに答えた。
 続いて三宮先生(顧問)より傘寿を迎えられたとは思えないお元気なお姿でのご挨拶があり、一同深く感銘。 三宮先生はこの後20時25分の電車でご帰岡された。
 乾杯の音頭は、いつもの如く歳を重ねて益々盛んな桑原副会長より小気味良い乾杯の一声。それを合図に、女将さんご推薦の月夜野の綺麗どころ2名が色を添えての一気に宴会モードに突入。 そして飲むほどに酔うほどに、恒例の皆さん方の近況報告からは平均年齢72歳とは思えぬご活躍振りのご立派なこと、正に人生の達人とお見受けした。
 頃合いを見計らって藤原新会長から中締めのご挨拶、その中で「永きに亘る小川前会長のご尽力に対し向天会会員一同心より感謝申し上げます。」そして「快く会長職を拝命致します。」旨のお話しがあり、一同感謝と期待の意をこめて拍手、また拍手。
 18時から始まった親睦会宴会もアッと言う間の3時間、カラオケの無い舞台は濃密な懇親の場を提供してくれました。
とは言え、区切りの締めはやはり歌、歌と言えば『体操ブギー♪〜』かと思いきや、今回は正統派の『第一校歌』を粛々と。
 全員立ち上がり、酒で充分潤った喉を震わせながら懐かしく合唱。
 歌い終わったところで渡邉副会長が閉会のご挨拶に立たれ、改めて「向天会の活動の証として、何かしっかり形として残るもの(冊子のような)を作ってはどうだろうか。 協力を惜しまない。」旨のお話しがあった。
 二次回は3階の幹事部屋に席を移し、藤原新会長を囲んで改めて飲み直した。 話題はやはり先程の総会であった事の確認に終始。
 そして、藤原新会長になって最初の向天会(総会)を来年東京で開催することに決定。 時を忘れての二次会も、午前0時をまわった頃に名残りを惜しみつつ解散。
 平安の昔、京の歌人が「よき月よのう〜」と詠んだ月夜野の月は残念ながら眺められなかったが、豪雨の狭間の2日間、月はなくとも我々には尽きがあったのう〜・・・。

圓山 記(昭和34年卒)

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更新日:2008.9.28