9月10日(月)〜11日(火)にわたって「向天会(片貝)&(アクアーレ長岡)」が開かれた。片貝の「花火大会」をぜひ見ようと10日夜に片貝・浅原神社の桟敷席に15人が集まった。東京は台風15号襲来で雨と風で悲鳴を上げているころ、片貝地方は晴れ、桟敷席で酒を飲み、特性料理を食べながら次々に上がる三尺玉、尺玉連発、大スターマインなど桟敷席前で上がる花火を楽しんだ。世界一の「四尺玉」はきれいに上がり、その音は腹にずしんと響いた。片貝祭り時に総鎮守浅原神社に奉納される花火は昔から町民手作り花火として名高く、長岡の花火に大きな影響を与えたとのこと。
片貝は、丸山秀子氏(26)がお住まいになっているところであり、木下伸氏(35)の生まれ故郷である。それぞれに地元での行事があり、会合には参加されなかったが、花火会場にお二人とも顔を見せて、ビールや鮎の塩焼きなどを差し入れてくださった。丸山氏は亡くなったご主人のために追善供養「正三尺玉」を打ち上げ、木下氏は還暦祝いにふるさとの仲間で「超特大スターマイン」を打ち上げた。当日の特性料理は疋田隆雄氏(36)が作ってくれたもので、彼は料理によって向天会に参加してくれた。
花火に満足し、料理に腹いっぱいになり、浅原神社のお守りをもらって、ジャンボタクシーの乗って帰ったら、途中で幹事の小林氏(34)を積み忘れていたのが判明、もう一度会場まで戻るハプニングが起きた。それにしても雨がまったく降らず、大雨だった東京に花火大会成功の電話をしたら、そんなに天気が良いはずはない、と信じてくれない。自称晴れ男・平井氏(29)が仙台から来られたせいかもしれない。アクアーレ長岡に戻り、二次会は2時半まで続いた。
翌11日はさすがに雨になった。二百十日の時期だからこれが本当の天気かもしれない。午前中は近くの新潟県立歴史族博物館をじっくり見学し、越後の国の歴史を学び、昼食に古代膳を食べて往時をしのぶ。午後は小泉首相の構造改革で一躍有名になった「米百俵」の群像をハイブ長岡の広場で見る。藩の大参事と米をよこせという藩民とのやり取りを大きな彫刻としたものは大変立派であった。小泉首相は、構造改革も痛みを伴うが将来のために今やらなければならない、と「米百俵」を例えに我々国民に訴える。戊辰戦争で焼かれた長岡を復興させた三島億二郎の像を信濃川の土手に上がって見る。さらに、千手の興国寺で小林虎三郎、雄七郎兄弟の墓を見学し、敗戦後の街づくり、人づくりに情熱を傾けた人々を思い返した。最後は山本記念館で大先輩の生涯を辿り、大手町の樋口屋で「米百俵」を買って、長岡駅で解散した。
早くから向天会の準備をし、この二日間片貝、長岡を案内してくれた長岡の渡辺(27)、佐藤(32)、小林(34)の三幹事に感謝する。参加予定だった小川会長(26)と大湊幹郎氏(33)が所用のため、直前で参加できなくなったのは残念であった。今回の参加者はこちらをクリックしてご覧下さい。
次回は東京で10月第一土曜日の予定。
川上 惇(S32卒)
|