「現状維持では生活していけなくなる」と、鋭い視線で話す小原さんは、「何が何でも農業で生きていく」という確固たる決意を持っています。
家族四人の労働力で、稲作を主体にした農業経営を営んでいる小原さん。今年は二十八fを作付けします。なんと、東京ドーム六つ分の広さ。長岡で最大級の規模です。平成五年には十二fでしたから、既に二倍を超えています。
規模を拡大するのは、決して簡単なことではありません。作りたくても、生産調整がのしかかってきます。どんなにやる気があっても、易々と田んぼを貸してくれる人もめったにいません。
小原さんは、農業で生きていくために、「地域との交流が大切」と考えています。
「自分を信用し、田んぼを任せてもらうのだから、田んぼを貸してくださる人の為にも、厳しいなどといってられません」
面積が増えると、それだけ労働力がかかることになります。しかし、その分収入が上がる訳ではありません。

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小原さんは、土づくりに最も力を入れています。「多収を求めず、健康な稲を作ることを心掛けています。そのためにも、土づくりは大事」と、稲の収穫後は、稲わらをすき込むほか、ミネラル豊富な米ぬかを使って土を耕します。また、冬の間にはエバナ菌を使って有機質肥料を作り、春の田んぼ打ちで十eあたり六十キログラムを散布します。こうした努力で、小原さんは昨年、食味計で八十四点と高いポイントを得ています。
「(収穫した米の)三分の一は、直売したいね」と、今後の方針を語る小原さん。
直売は、主に妻のちづるさんが担当します。パソコンとにらめっこの毎日です。
田植えを前に、小原さんは育苗箱で八千箱もの稚苗を育てました。実に四十f分です。販売用を含め、丁寧な管理でしっかりした苗が育ちました。
長岡で一番多くの苗を育て、一番大きな面積で米を作る小原さん。みなさんの食卓に長岡産の米やもちが並ぶことがあれば、小原さんが丹精込めたものかも知れません。
今春、長男が高校を卒業され、今後四年間、農業を専門に学ばれます。勉学の後、かけがえのない跡取りとして戻ってきた時、小原さんの農業が一層大きく変わるのは間違いありません。
2001年3月
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